Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
気がつくと、見慣れない白い天井が僕の視界に広がっていた。最後に見たのは、燃え盛る炎だったはずなのに…。ここはどこなんだ？
「目が覚めましたか、EPR97809…ショウさん」
優しそうな女性の声が聞こえた。看護師のような白衣を着ている。どうやらここは、死後の世界らしい。
「転生はありません。あなたは療養所で、少し休んでいただきます」
生きている世界とほとんど変わらない療養所。清潔で、整然としている。でも、どこか無機質で、生気が感じられない。
ショウと名付けられた僕は、死後の世界でも相変わらず孤独だった。生きていた頃から抱えていた孤独感は、むしろ増幅されているように感じられた。あんな死因だったから…。
あれから８年が経った。僕は療養所の個室に引きこもっていた。誰とも話さず、食事もほとんど摂らず、ただ時間だけが過ぎていく。
死んだら楽になると思っていた。でも、死後の世界にも苦しみはある。死にたくても死ねないという、残酷な事実がそこにはあった。
聞き覚えのない、明るく優しい声。それが成香との出会いだった。
成香は、毎日僕の部屋に来てくれた。世間話をしたり、本を読んでくれたり、時にはただ黙って隣にいてくれたりした。
ある日、成香が尋ねた。死因はまだ話せなかった。ただ、「疲れたんだ」とだけ答えた。
成香も、死後の世界で苦しんでいるようだった。でも、彼女は前向きだった。いつか、きっと良くなる、と信じているようだった。
成香との出会いは、少しずつ僕の心を溶かしていった。８年間、誰とも話さなかった僕が、少しずつ言葉を発するようになった。
ある日、成香が僕を外に連れ出してくれた。８年ぶりに見る療養所の景色は、どこか違って見えた。
緑豊かな庭、楽しそうに話す人々の姿。まるで、生きている世界のようだった。
「そうでしょ？ショウさんも、もっと外に出てみたらいいと思いますよ」
成香の言葉に後押しされ、僕は少しずつ療養所の外を歩くようになった。他の死者たちと話すようになった。
それぞれの死因、それぞれの後悔、それぞれの願い。死後の世界で、彼らはそれぞれの物語を生きていた。
そしてある日、僕はついに、自分の死因を語る決心をした。成香に、８年間隠し続けてきた、苦い真実を。
僕は、震える声で語り始めた。愛する息子を残して、自ら命を絶ったことへの後悔、絶望、そして自己嫌悪。
成香は、何も言わずにただ、僕の話を聞いてくれた。そして、僕の涙が止まると、そっと僕を抱きしめた。
その言葉に、僕はまた涙が溢れてきた。死後、初めて誰かに受容された気がした。
それから、僕は少しずつ死んだことを受容できるようになっていった。過去を悔やむのではなく、これからの死後の世界をどう生きるかを考えるようになった。
成香は、いつも僕のそばにいてくれた。まるで、恋人のように、友達のように、時には母親のように。彼女の存在が、僕を支えてくれた。
ある日、僕は現実世界に未練があることに気がついた。残してきた息子のことが、どうしても気にかかる。
「死後の世界から、現実世界を見ることはできないんですよ」
でも、僕は諦められなかった。息子が今、どうしているのか、せめてそれだけでも知りたかった。
成香は、療養所の図書館で、特殊な魔導書を見つけてくれた。それを使って、一時的に現実世界を覗き見ることができるらしい。
魔法書を開き、呪文を唱えた。僕の意識は、現実世界へと飛んだ。
そこにいたのは、立派な大人に成長した息子だった。優しい目元は、僕によく似ていた。
息子は、僕の死を乗り越え、幸せに暮らしているようだった。それでも、時折、悲しそうな顔をすることがあった。
僕の心臓が、強く締め付けられた。僕と同じように、息子も死を考えているのか？
息子は、窓辺に置かれたガスライターを手にした。その瞬間、僕は全てを理解した。
僕は、心の中で叫んだ。だが、僕の声は息子には届かない。魔導書は、死後の世界から現実世界を一方的に覗き見ることしかできない。
息子は、ライターに火をつけた。その瞬間、僕は渾身の力を込めて叫んだ。
その声は、奇跡的に現実世界に届いた。息子は、驚いてライターを落とした。
ハッと我に返った息子は、泣き崩れた。そして、僕の写真に向かって、何度も謝った。
意識が死後の世界に戻った。僕は、膝から崩れ落ちた。今、確かに息子に声が届いた…。
あの日以来、息子は死を考えることはなくなった。そして、僕もまた、新たな希望を見つけた。
死後の世界で、息子を見守りながら、いつか息子が寿命で僕のところに来るのを待つ。それが、今の僕の生きる目的になった。
療養所での生活は、まだ続いている。でも、僕はもう、孤独ではない。成香というかけがえのない存在が、いつもそばにいてくれるから。
僕は、死後の世界で、新たな人生を歩み始めたのだ。息子と再会できる日を夢見て…。
そして、いつか、息子に心から謝りたい。そして、伝えたい。生きていてくれて、ありがとう、と。